携帯電話の罪。
2003年4月17日まったくもってお姫様だった。
全てを兼ね備えたスーパー美少女だと思っていたが、性格のマイナス面はその超越ぶりを補って余りあるらしい。
聞くとカナコの家は山手にある高層マンションに家族と一緒に住んでいて、予備校からはほんの3駅ほどの距離だという。
助手席に座りシートベルトを締めるとカナコはきょろきょろと車内を見回している。
「ねえ、意外。せんせいがこういう車に乗ってるなんて」
「そうかな」
山道も走れる四駆のごつごつした車だ。CD位は積んであるがカーナビはない。余計なアクセサリー類も一切ない。
「もっとスマートな車乗り回して女の子を引っ掛けてるのかと思ってたわ」
俺はキーを回し、エンジンをかける。
「スノボ行くときはこっちの方が都合がいいんだよ。買い物なんかもね」
「ああ、なるほどね。でもあたしもこういう車、好きよ」
カナコが微笑んで言った。
「今度あたしも連れて行ってよ」
「買い物?」
「スノボよもちろん。泊まりで」
「高校卒業したらな」
「それじゃ雪なくなっちゃうじゃん。あ、もっと北の方に連れてってくれるってこと?」
「来年以降」
いじわるだなあ、とカナコがふくれて言うのを横目で見て、俺は笑ってしまった。
そういう表情を見せられると、大人びてはいてもやはり高校生なんだな、と安心させられる。
「でも約束したからね。守ってよ?」
「ああ、友達はカワイイ子だけ集めて連れてこいよ」
「何それ。2人で行くに決まってるじゃん」
「え。沢木さんに食われそうだからヤダ」
軽口を叩いていると俺のジャケットのポケットで携帯が鳴った。
車を端に寄せて開くとどきりとした。
深久だ。
「どうした?」
(どうしたって・・・遅い!もうすぐ12時だよ?ご飯も作ったのに・・・)
「悪い。あと30分位で帰るよ。先寝てて」
そう言った瞬間、カナコがすぐ隣にぴったり寄り添って言った。
「ねえハヤオ、その人だあれえ?」
わざと鼻にかかる甘い声で。
「ちょっと沢木さん・・・」
(なによ)
深久は対照的に不機嫌な声になる。
(残業とか言ってなかったっけ?デートって言えば邪魔しなかったのに。じゃあね)
がつんと切られて俺は反射的に顔をしかめ、携帯をポケットにしまった。
「カノジョー?」
にやにや笑いながらカナコが聞いてくる。
俺はため息をついて車を発進させた。
「いや、妹」
「うっそ」
「本当だよ」
「じゃあなんでそんなに困った顔してんのよ?」
「怒らせると怖いからさ。ねえ、この辺じゃないの?どこ曲がればいいの?」
誤魔化された、と文句を言いながらカナコは後ろを指差した。
「もう通り過ぎちゃった」
「ああ?もっと早く言えよ」
呆れて俺が言い返すと、カナコは腕を伸ばしてきてハンドルを握る左腕に軽く触れてくる。
「このままドライブしようよ」
「あのな・・俺明日も仕事なんだよね」
「ダメ、帰っちゃ。カノジョが待ってるんでしょ?」
「だから違うって・・」
言い終わらないうちにポケットに手を伸ばしたカナコが携帯をするりと抜き取る。
「あ、ほんとだ・・中山・・ミクさん?」
「もういいだろ?返せよ」
「やーだ。リレキに女の子の名前がいっぱいあるんですけどー。このうちどれがカノジョかな・・・かけてみてもいい?」
言いながら何か勝手にボタンをぽちぽち押している。
「どれも違うよ。返さないならここで降ろすよ」
やわらかに脅しをかけるとカナコは渋々と携帯を返した。
角を曲がってUターンするとカナコは二つ目の道を左折、と言い、窓の外を眺めた。
急に黙り込んでしまったカナコのせいで空気が重い。
指示通りにしばらく走るとふいに、ここでいい、とつぶやいた。
「ここから近いの?」
カナコは頷いたが降りようとしない。
「どうした?」
ちょっと困って俺は顔をのぞきこんだ。
心なしか、カナコの瞳が潤んでいる・・・ような気がする。
「名前で呼んで欲しいな。二人っきりの時だけでいいから」
「・・・悪いけど、トクベツ扱いはしない。俺を惚れさせる自信があるなら惚れさせてみろよ。その時は、名前で呼んでやる」
ちょっと酷かな、と思いながらも冷たく言い切る。今日の自分の行動を少し後悔もしていた。期待させてしまったのなら多分・・俺が悪い。
けれど予想を裏切り、カナコの瞳が瞬間、輝きを増した。
いきなり座席越しに身を乗り出してきて、俺の唇を掠め取るように奪った。
「約束だよ、せんせい。じゃあまた明日ね」
カナコはひらりと舞うように車を飛び降りると早足で歩き、角を曲がって消えていく。
あっけに取られてしまった。
俺は苦笑しながら手の甲でぐい、と一回唇を拭い、再び車を走らせた。
困った女の子だ。
だけど確実に、人の心を動かす何かをもっている。起爆剤のように危なっかしい存在かもしれないけれど。
俺を、救ってくれるかもしれない。
どうにも行き場のない感情の出口を与えてくれるかもしれない。
「惚れさせてみろよ、か」
それは多分、心からの願いだった。
逃げ出したい。直視できない。
自分の中にある深久への欲望。
その進路を曲げてくれるというのなら、相手は誰でもいい。
もっともっと揺さぶってくれ・・・。かき回して、引きずり出してほしい。
深久を傷つけてしまう前に。
全てを兼ね備えたスーパー美少女だと思っていたが、性格のマイナス面はその超越ぶりを補って余りあるらしい。
聞くとカナコの家は山手にある高層マンションに家族と一緒に住んでいて、予備校からはほんの3駅ほどの距離だという。
助手席に座りシートベルトを締めるとカナコはきょろきょろと車内を見回している。
「ねえ、意外。せんせいがこういう車に乗ってるなんて」
「そうかな」
山道も走れる四駆のごつごつした車だ。CD位は積んであるがカーナビはない。余計なアクセサリー類も一切ない。
「もっとスマートな車乗り回して女の子を引っ掛けてるのかと思ってたわ」
俺はキーを回し、エンジンをかける。
「スノボ行くときはこっちの方が都合がいいんだよ。買い物なんかもね」
「ああ、なるほどね。でもあたしもこういう車、好きよ」
カナコが微笑んで言った。
「今度あたしも連れて行ってよ」
「買い物?」
「スノボよもちろん。泊まりで」
「高校卒業したらな」
「それじゃ雪なくなっちゃうじゃん。あ、もっと北の方に連れてってくれるってこと?」
「来年以降」
いじわるだなあ、とカナコがふくれて言うのを横目で見て、俺は笑ってしまった。
そういう表情を見せられると、大人びてはいてもやはり高校生なんだな、と安心させられる。
「でも約束したからね。守ってよ?」
「ああ、友達はカワイイ子だけ集めて連れてこいよ」
「何それ。2人で行くに決まってるじゃん」
「え。沢木さんに食われそうだからヤダ」
軽口を叩いていると俺のジャケットのポケットで携帯が鳴った。
車を端に寄せて開くとどきりとした。
深久だ。
「どうした?」
(どうしたって・・・遅い!もうすぐ12時だよ?ご飯も作ったのに・・・)
「悪い。あと30分位で帰るよ。先寝てて」
そう言った瞬間、カナコがすぐ隣にぴったり寄り添って言った。
「ねえハヤオ、その人だあれえ?」
わざと鼻にかかる甘い声で。
「ちょっと沢木さん・・・」
(なによ)
深久は対照的に不機嫌な声になる。
(残業とか言ってなかったっけ?デートって言えば邪魔しなかったのに。じゃあね)
がつんと切られて俺は反射的に顔をしかめ、携帯をポケットにしまった。
「カノジョー?」
にやにや笑いながらカナコが聞いてくる。
俺はため息をついて車を発進させた。
「いや、妹」
「うっそ」
「本当だよ」
「じゃあなんでそんなに困った顔してんのよ?」
「怒らせると怖いからさ。ねえ、この辺じゃないの?どこ曲がればいいの?」
誤魔化された、と文句を言いながらカナコは後ろを指差した。
「もう通り過ぎちゃった」
「ああ?もっと早く言えよ」
呆れて俺が言い返すと、カナコは腕を伸ばしてきてハンドルを握る左腕に軽く触れてくる。
「このままドライブしようよ」
「あのな・・俺明日も仕事なんだよね」
「ダメ、帰っちゃ。カノジョが待ってるんでしょ?」
「だから違うって・・」
言い終わらないうちにポケットに手を伸ばしたカナコが携帯をするりと抜き取る。
「あ、ほんとだ・・中山・・ミクさん?」
「もういいだろ?返せよ」
「やーだ。リレキに女の子の名前がいっぱいあるんですけどー。このうちどれがカノジョかな・・・かけてみてもいい?」
言いながら何か勝手にボタンをぽちぽち押している。
「どれも違うよ。返さないならここで降ろすよ」
やわらかに脅しをかけるとカナコは渋々と携帯を返した。
角を曲がってUターンするとカナコは二つ目の道を左折、と言い、窓の外を眺めた。
急に黙り込んでしまったカナコのせいで空気が重い。
指示通りにしばらく走るとふいに、ここでいい、とつぶやいた。
「ここから近いの?」
カナコは頷いたが降りようとしない。
「どうした?」
ちょっと困って俺は顔をのぞきこんだ。
心なしか、カナコの瞳が潤んでいる・・・ような気がする。
「名前で呼んで欲しいな。二人っきりの時だけでいいから」
「・・・悪いけど、トクベツ扱いはしない。俺を惚れさせる自信があるなら惚れさせてみろよ。その時は、名前で呼んでやる」
ちょっと酷かな、と思いながらも冷たく言い切る。今日の自分の行動を少し後悔もしていた。期待させてしまったのなら多分・・俺が悪い。
けれど予想を裏切り、カナコの瞳が瞬間、輝きを増した。
いきなり座席越しに身を乗り出してきて、俺の唇を掠め取るように奪った。
「約束だよ、せんせい。じゃあまた明日ね」
カナコはひらりと舞うように車を飛び降りると早足で歩き、角を曲がって消えていく。
あっけに取られてしまった。
俺は苦笑しながら手の甲でぐい、と一回唇を拭い、再び車を走らせた。
困った女の子だ。
だけど確実に、人の心を動かす何かをもっている。起爆剤のように危なっかしい存在かもしれないけれど。
俺を、救ってくれるかもしれない。
どうにも行き場のない感情の出口を与えてくれるかもしれない。
「惚れさせてみろよ、か」
それは多分、心からの願いだった。
逃げ出したい。直視できない。
自分の中にある深久への欲望。
その進路を曲げてくれるというのなら、相手は誰でもいい。
もっともっと揺さぶってくれ・・・。かき回して、引きずり出してほしい。
深久を傷つけてしまう前に。
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