早生君の壊れ方。
2003年4月24日携帯に入ってきたメールを読んで俺は一気に気が滅入った。
また深久は、ハルとデートだ。
ここのところ出かける回数が増えた。
時間も長くなった。
比例して、二人の仲も接近していく。おそらく。
携帯を叩き付けたい衝動をなんとか抑えて、中学時代からの悪友の本田浩市を呼び出すことにした。
ヤツはサキ以外で唯一俺の感情を知っている男だ。そして、ただ一人、俺が自発的に打ち明けた人間でもある。
全然癒し系じゃないのにこいつといるとなぜか心が和む。面と向かっては死んでもそんなこと言わないけれど。
「おう早生ちゃん、おまちどう〜」
待ち合わせたいつもの居酒屋に本田は細身のスーツに身を包み、現れた。
さらりとした髪が清潔に切りそろえられていて、こざっぱりとしたグレーのスーツとストライプのシャツによく似合う。
「おせえよ。もう空けてんぞ」
地酒を熱燗につけてもらい、ひとりで先にのんでいた。もう既に2本目に入っている。
それを見て、本田は遠慮なく眉をひそめた。
「まあた何かあったの?深久ちゃんに」
「そのことは関係ないよ」
あっさりと見透かされて悔しいような気がする。まるで他には悩みがないみたいじゃないか?事実ないけど。
「今度はなに、貞操の危機?この前みたくぶっ壊れんのはよしてくれよまじで」
にやにやしながら本田がジャケットを脱ぎ、椅子に腰掛けながら大声でビールを注文する。
実はあまり記憶がないのだけれど、俺は前回一緒に飲んだときかなりヤバかったらしい。
深久がハルと付き合う宣言した次の日だ。
どんなだったか本田に聞いても思い出したくないとはぐらかされるからよくわからないけど、馴染みのこの居酒屋が出入り禁止になっていないということは大した壊れようじゃなかったんだろうと俺は勝手に思ってる。
本田曰く、「いつもの早生ちゃんじゃなあい」
とのことだから多少は暴れたのか・・・?
まあいいや、と思いながら俺はお猪口を傾ける。
本田はまだにやにや笑っている。
「深久ちゃんさ、さっき見かけたよ、おれ」
本田が唐突に口にしたので俺は少し動揺してしまった。
「へえ・・どこで?」
「ほら、気にしてる」
「あのさ・・お前性格悪いよ」
「怒らない怒らない。中華街の近くだよ。ちゃり二人乗りして爆走してた。男の方は見えなかったけど」
「ああそう」
「あれ見た瞬間におれはぴんときたね。ああ、今日は早生君からお呼び出しがかかるなって。これでもデート断ってきたんだぜ?感謝してくれよ〜」
冗談めかして本田が笑った。
ちょうどビールがきて、本田はありがとう、と受け取ると半分位一気に飲んで、ふう、と息をつく。
「感謝はしてるよ。で、まだあの子とつきあってるの?えっと・・りかちゃんだっけ?」
「いつの話、それ?とっくに別れたさ。昨日からつきあってるのはあきちゃん。年上だぜー?」
ふうん、と気のない返事をして俺は杯を空けた。この男は女が切れることがない。そして、続かない。本気で好きなのか寂しいから付き合うのかわからないけど。
本田にはたった一つ絶対に破らないポリシーがある。
ふたまたはかけない、だ。
内心俺は感心している。
こいつがもてるのは納得がいく。男の俺から見てもイイ男だし、性格もいい。営業の仕事をしているが明らかにそれが彼の天職だ。口から生まれてきたのは間違いない。
ただ、どうやってそんなにすっぱりと別れられるんだろう、といつも思う。
本田に言わせれば、「それも愛のうち」らしいけど。意味不明。
俺は時々考える。もし深久が付き合う相手が本田だったらどうしてただろう、と。
事実以前・・まだ深久が高校生だった頃、本田を意識して見ていた時期があったように思う。
本田はよくうちに飯を食いにきていたし、深久がこいつを深く知ったら好きになるのは仕方ないとも思った。
おれの気持ちを知っている本田は気づいて気を利かせたのか段々うちに寄り付かなくなり、こうして外で会うようになったけれど。
「どうしたの?早生君。急に考え込んじゃって」
いつの間にか2杯目のジョッキを手にし、本田が問いかけてきた。
「いや・・べつに」
ありえない想像を無理矢理断ち切って、杯を重ねる。
「今日の早生、無口だな。気持ちわりいや・・あ」
いきなり驚いた顔をして本田が俺の後ろを見つめた。反射的にふりかえると、見知らぬ女が立っている。
「あの・・中山早生さん、ですよね?」
その女がキーの高い、甘ったるい声で俺の名前を呼ぶ。歳は俺より少し若いくらいか?ナチュラルに内巻きにした軽いパーマとシンプルなスカートから見える綺麗な脚線がなかなか色っぽい。
でもよくよく考えてもまったくその顔に見覚えがなかった。
俺はちらりと本田に目をやり、助け舟を求めた。本田はまずいよって顔で首をふる。
「・・大変失礼ですが、どちらさまですか?」
「ショックだなあ、覚えてないのね?この前一緒に飲んだのに」
急になれなれしい口調になって女が俺の隣の空いた椅子に腰掛ける。
「この前付き合おうって言ってくれたじゃないですかー?」
・・まったく身に覚えがない。そう思ったとたん気がついた。俺、もしかして酔って口説いた?
もう一度本田を見るとやれやれ、といった感じで腰をあげた。多分ため息もついていたと思う。
「なっちゃんだっけ?ごめんね、おれたち今から彼女と待ち合わせなの。行こう、早生」
手早く勘定を済ませるととっとと店を後にした。
酔いが一気に冷めたのは、冬の冷気に触れたからだけじゃない。振り返ったが、女は追ってこないようだった。
「わりい、本田」
「今日の分はおごれよ」
ボディブローを食らわせるふりをしながら本田が言った。
「あのさ、早生ちゃん」
「何だよ」
駅に向かって歩きながら本田が言った。
「おれは不誠実な男はだいっきらいだけどさ、彼女つくれよ。お前がサキちゃんのことで一回失敗してるのは承知してるよ。でもさ・・」
本田は言葉を切って、落ちている空き缶を力いっぱい蹴り飛ばした。
かっこーんとどこかの塀にぶつかる音を聞いてから、本田は首を振った。
「今の早生ちゃん、あの頃よりつらそうだぜ?」
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また深久は、ハルとデートだ。
ここのところ出かける回数が増えた。
時間も長くなった。
比例して、二人の仲も接近していく。おそらく。
携帯を叩き付けたい衝動をなんとか抑えて、中学時代からの悪友の本田浩市を呼び出すことにした。
ヤツはサキ以外で唯一俺の感情を知っている男だ。そして、ただ一人、俺が自発的に打ち明けた人間でもある。
全然癒し系じゃないのにこいつといるとなぜか心が和む。面と向かっては死んでもそんなこと言わないけれど。
「おう早生ちゃん、おまちどう〜」
待ち合わせたいつもの居酒屋に本田は細身のスーツに身を包み、現れた。
さらりとした髪が清潔に切りそろえられていて、こざっぱりとしたグレーのスーツとストライプのシャツによく似合う。
「おせえよ。もう空けてんぞ」
地酒を熱燗につけてもらい、ひとりで先にのんでいた。もう既に2本目に入っている。
それを見て、本田は遠慮なく眉をひそめた。
「まあた何かあったの?深久ちゃんに」
「そのことは関係ないよ」
あっさりと見透かされて悔しいような気がする。まるで他には悩みがないみたいじゃないか?事実ないけど。
「今度はなに、貞操の危機?この前みたくぶっ壊れんのはよしてくれよまじで」
にやにやしながら本田がジャケットを脱ぎ、椅子に腰掛けながら大声でビールを注文する。
実はあまり記憶がないのだけれど、俺は前回一緒に飲んだときかなりヤバかったらしい。
深久がハルと付き合う宣言した次の日だ。
どんなだったか本田に聞いても思い出したくないとはぐらかされるからよくわからないけど、馴染みのこの居酒屋が出入り禁止になっていないということは大した壊れようじゃなかったんだろうと俺は勝手に思ってる。
本田曰く、「いつもの早生ちゃんじゃなあい」
とのことだから多少は暴れたのか・・・?
まあいいや、と思いながら俺はお猪口を傾ける。
本田はまだにやにや笑っている。
「深久ちゃんさ、さっき見かけたよ、おれ」
本田が唐突に口にしたので俺は少し動揺してしまった。
「へえ・・どこで?」
「ほら、気にしてる」
「あのさ・・お前性格悪いよ」
「怒らない怒らない。中華街の近くだよ。ちゃり二人乗りして爆走してた。男の方は見えなかったけど」
「ああそう」
「あれ見た瞬間におれはぴんときたね。ああ、今日は早生君からお呼び出しがかかるなって。これでもデート断ってきたんだぜ?感謝してくれよ〜」
冗談めかして本田が笑った。
ちょうどビールがきて、本田はありがとう、と受け取ると半分位一気に飲んで、ふう、と息をつく。
「感謝はしてるよ。で、まだあの子とつきあってるの?えっと・・りかちゃんだっけ?」
「いつの話、それ?とっくに別れたさ。昨日からつきあってるのはあきちゃん。年上だぜー?」
ふうん、と気のない返事をして俺は杯を空けた。この男は女が切れることがない。そして、続かない。本気で好きなのか寂しいから付き合うのかわからないけど。
本田にはたった一つ絶対に破らないポリシーがある。
ふたまたはかけない、だ。
内心俺は感心している。
こいつがもてるのは納得がいく。男の俺から見てもイイ男だし、性格もいい。営業の仕事をしているが明らかにそれが彼の天職だ。口から生まれてきたのは間違いない。
ただ、どうやってそんなにすっぱりと別れられるんだろう、といつも思う。
本田に言わせれば、「それも愛のうち」らしいけど。意味不明。
俺は時々考える。もし深久が付き合う相手が本田だったらどうしてただろう、と。
事実以前・・まだ深久が高校生だった頃、本田を意識して見ていた時期があったように思う。
本田はよくうちに飯を食いにきていたし、深久がこいつを深く知ったら好きになるのは仕方ないとも思った。
おれの気持ちを知っている本田は気づいて気を利かせたのか段々うちに寄り付かなくなり、こうして外で会うようになったけれど。
「どうしたの?早生君。急に考え込んじゃって」
いつの間にか2杯目のジョッキを手にし、本田が問いかけてきた。
「いや・・べつに」
ありえない想像を無理矢理断ち切って、杯を重ねる。
「今日の早生、無口だな。気持ちわりいや・・あ」
いきなり驚いた顔をして本田が俺の後ろを見つめた。反射的にふりかえると、見知らぬ女が立っている。
「あの・・中山早生さん、ですよね?」
その女がキーの高い、甘ったるい声で俺の名前を呼ぶ。歳は俺より少し若いくらいか?ナチュラルに内巻きにした軽いパーマとシンプルなスカートから見える綺麗な脚線がなかなか色っぽい。
でもよくよく考えてもまったくその顔に見覚えがなかった。
俺はちらりと本田に目をやり、助け舟を求めた。本田はまずいよって顔で首をふる。
「・・大変失礼ですが、どちらさまですか?」
「ショックだなあ、覚えてないのね?この前一緒に飲んだのに」
急になれなれしい口調になって女が俺の隣の空いた椅子に腰掛ける。
「この前付き合おうって言ってくれたじゃないですかー?」
・・まったく身に覚えがない。そう思ったとたん気がついた。俺、もしかして酔って口説いた?
もう一度本田を見るとやれやれ、といった感じで腰をあげた。多分ため息もついていたと思う。
「なっちゃんだっけ?ごめんね、おれたち今から彼女と待ち合わせなの。行こう、早生」
手早く勘定を済ませるととっとと店を後にした。
酔いが一気に冷めたのは、冬の冷気に触れたからだけじゃない。振り返ったが、女は追ってこないようだった。
「わりい、本田」
「今日の分はおごれよ」
ボディブローを食らわせるふりをしながら本田が言った。
「あのさ、早生ちゃん」
「何だよ」
駅に向かって歩きながら本田が言った。
「おれは不誠実な男はだいっきらいだけどさ、彼女つくれよ。お前がサキちゃんのことで一回失敗してるのは承知してるよ。でもさ・・」
本田は言葉を切って、落ちている空き缶を力いっぱい蹴り飛ばした。
かっこーんとどこかの塀にぶつかる音を聞いてから、本田は首を振った。
「今の早生ちゃん、あの頃よりつらそうだぜ?」
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