依存症(1)

2003年4月29日
昨日のお兄ちゃんはキツかったな。
触るなって。
あんな風に言われたのは初めてかもしれない。
口は悪いしいじわるだけど、でも私を傷つけるようなことは絶対言わない。
だからちょっとショックだった。
何か怒らせるようなことしたかな。
前後の会話を思い出してみようと努力してみたけれど、思い当たる節がないし。
あの時涙がちょっとにじんできた。
でも・・・
その後のお兄ちゃんの方が泣きそうな顔してたから。

あれを見た瞬間、私の浮かれた気分なんて吹っ飛んでしまった。
そんなお兄ちゃんなんて見たことない。
いつでも、どんな辛いときでも、笑い飛ばしてたのに。

今朝も多分、無理してた。
平気なふりして出て行ったけど、あんまり私の目を見なかった。
多分気づかないふりをするのがいいだろうって思ったから、できる限り精一杯の笑顔で送り出したけど。
でもダメだ。
涙がこみあげてくる。
じくじくと胸の奥が痛い。

嫌われたらどうしよう?
もしももう帰ってこなかったら?
お父さんやお母さんのように。
お兄ちゃんまでいなくなったら・・
急に足元がぐらりと揺れる感覚。

怖い怖い怖い

「なんかつまんなそうだな」
その声にいきなり現実に引き戻された。
目の前でハル君が不機嫌そうな顔をしてにらんでいた。
「そんなことないよお」
慌てて私は笑顔を作った。
「だってさっきからオレの話きいてないじゃん」
「聞いてるって」
ハル君はむすっとしたままハンバーガーの包みをくしゃっと丸め、トレーの上に乱暴に投げ捨てた。
「あのさ、考え事するのはオレの居ないトコでやってくれる?一緒にいる意味ないじゃんか」
その言葉に私はかちんときた。
考えこんじゃったのは確かに私が悪い。
でも悩んでるの?ってぐらい聞いてくれてもいいじゃん。
「そういう言い方ってひどくない?そりゃ私もぼうっとしてたのは悪かったけどさ」
「悪いって思うならちゃんと話聞けよ。それともオレといて楽しくないわけ?」
「そうじゃなくて・・・」
そうじゃなくて。なんでそういう言い方するんだろう?
「心配は、してくれないの?」
私がそういうとハル君は、はあ?って顔をした。
「悩んでることがあるんだったら言やあいいじゃん。さっきからため息ばっかついてさ。気が滅入るっての」
「だからそれは悪かったって・・・」
「もういいよ」
ハル君はいきなり立ち上がった。
え?と思い見上げると、さっさとコートをはおりリュックをしょった。
「一人で悩んでれば?」
そういい捨てると、出て行ってしまった。
私は呆然と一人取り残されてしまった。
「なによそれ・・」
力ない呟きがこぼれ落ちてしまう。
頭を殴られるくらいの衝撃を反芻しながら私はハル君の残していったポテトの残骸をしばらくながめていることしかできずにいた。

ハル君に対する怒りはしばらく経つと激しい後悔に変わった。
やっぱり私が悪かったのかもしれない。
せっかく会えたのに、私ハル君の方全然向いてなかった気がする。
メールにそう書いて送ったけど、レスはまだない。
気を紛らわすために手の込んだ料理を作り洗濯物をたたみ、お風呂掃除を済ませて一息ついたところで気がついた。
お兄ちゃんが帰ってこない。 
携帯にも連絡がきていない。
時計はもう10時を指していた。
いつもなら遅くなるときは必ず連絡をくれてた。
もしかしたらデートってわかってるから気を遣ってくれてるのかな、と思い、それでもいつもはメールをくれてたなと思い直す。
(遅くなるの?)
とりあえずメールを入れてみたけど、返ってこない。
お風呂から上がってきてもまだない。

急激に不安がはいずり上がってきた。
朝考えていたことが現実になったらどうしよう・・?
事故?病気?
まさか。それなら連絡がくるはずだよね。
免許証もってるんだし。
仕事が忙しくて手が離せないのかな。
帰ってこないなんてことはきっとない。
お兄ちゃんは絶対私を一人にしたりしない。
そう自分に言い聞かせても、脚が震え、立っていられなくなってしまう。
握り締めていた携帯を開き、おそるおそる電話を掛けてみると呼び出し音もなく、機械音声が
冷たく応える。
「電源切ってるんだ・・・」
涙がじわりと浮かんでくるのがわかったけど、それを止めることができない。
「どこにいるの・・・?」



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