やわらかな気持ち
2003年5月4日★最初から読みたい方はこちら→http://members.tripod.co.jp/raita_/index-1.html カレンダーつきで読みやすいよ★
深久の熱が下がったのは夜半を過ぎた頃だった。
俺はようやく安心して部屋から出た。
シャワーを浴び、呼ばれたらいつでもいけるようにソファーにもたれかかるように横になる。
泥のような眠りが訪れた。長い、一日だった。
短い夢を見た。
たゆたっている。流れのない湖のような凪いだ海の中で。
ゆらゆらと揺れる光を遥か頭上に仰ぎ見るのに、少しも苦しくなくて。
手足を動かさなくても、浮きも沈みもしない。
ただそこに浮遊している自分。
心地よいまどろみにも似たその感触は母胎内のような絶対的な安心感と温もりをもって、俺の全身を包み込んでいた。
「お兄ちゃん」
遠くから呼びかけるような深久の声がして、俺の身体は急速に浮上した。
奇妙に唐突な、覚醒が訪れる。
深久のその声には不安と焦りの色がにじんでいた。
「お兄ちゃん」
まぶたを開き、目の前の深久に焦点が合う。
泣き出しそうな顔。
俺は慌てて飛び起きた。
「どうした?調子でも悪くなったのか?」
「違うの・・・寝坊しちゃった」
柱の時計が9時少し前を指している。
「ああ・・・大丈夫だよ。それよりお前、起きて平気なのか?」
聞き返すと深久は戸惑いながら頷いた。
「もうだいぶ楽になったよ。ありがと、お兄ちゃん。でも仕事は?遅刻しちゃうよ」
「適当な理由つけて休むよ。それよりもう少し寝てろ。食欲あるなら何か作るし」
「自分で作れるよ。だからお仕事行ってきなよ」
「俺が休みたいから休むの。最初からそのつもりだったし」
無理矢理深久をベッドに寝かしつけ、リクエストされたコーンポタージュを枕元に運んでやった。
湯気の立つスープを口に運ぶ姿を見るとつい顔がほころんでしまう。
食べるってことは生きてることだな、と思う。
「どうしたの?」
それに気付き、深久が首をかしげた。
「何でもないよ」
「お兄ちゃんも何か食べてね?身体壊すよ?」
「ああ、後で食うよ。今はここにいたいんだ」
「食べづらいよ〜」
「お前そんなに繊細だっけ?」
「お兄ちゃんよりはね」
はいはい、と言いながら俺は立ち上がった。
「じゃあ着替えでもしてくるかな」
「うん。・・・ねえお兄ちゃん」
「何だー?」
出て行きかけのところを呼び止められ、俺は振り返った。
「私に遠慮しなくていいからね」
「何のことだよ?」
聞き返すと深久はスプーンを置いた。
「ちゃんと連絡くれるんだったら朝帰りでもいいよ?彼女と一緒だったんでしょ」
まっすぐ見つめてくる深久の視線が痛い。
彼女・・?そう呼ぶにはシェルター並みの厚い壁が何重にも遮る関係かもしれない、サキとは。
「そうじゃない。単に連絡できなかっただけだよ」
どういう状況で?とは聞いてこなかった。
けれどその瞳は全てを見抜いているように強く、眩しい。
「そう・・・でも、ほんとに。私のせいでデートもできなくなっちゃうもんね」
淡く微笑んで深久はスープの続きを食べ始めた。
お前より大切なものなんてない。
そう口に出してしまえればそんなに楽だろう?
俺は言葉にする代わりにもう一度深久のベッドの前に腰掛けた。
「あれ、着替えないの?」
「やっぱり見てるよ、ここで」
「もう食べ終わっちゃうよ?」
「いいんだ」
もう二度とサキに会うつもりはなかった。
思い知らされる。
本当に何をおいても手に入れたいものは何なのかを。
まだ本調子ではないようで、食べ終わるとすぐに深久はまた眠ってしまった。
その寝顔はあどけなくてあまりにも無防備で、吸い寄せられるように額にそっと口づける。
いつまでも触れていたい。
そう思う気持ちが止まらない。
前髪をそっとかきあげるようになでると、確かな温かみが指先を通して伝わってくる。
ここに存在している。
それだけでなんて安らかで、なんて愛しいのだろう。
自分の中にある穏やかでやわらかな気持ちにもまた、気付かされる。
共にいるだけで。
永遠に手に入れ続けることが叶わないのなら、せめてこの瞬間だけでも深久が欲しいと・・・心から願う。
深久の熱が下がったのは夜半を過ぎた頃だった。
俺はようやく安心して部屋から出た。
シャワーを浴び、呼ばれたらいつでもいけるようにソファーにもたれかかるように横になる。
泥のような眠りが訪れた。長い、一日だった。
短い夢を見た。
たゆたっている。流れのない湖のような凪いだ海の中で。
ゆらゆらと揺れる光を遥か頭上に仰ぎ見るのに、少しも苦しくなくて。
手足を動かさなくても、浮きも沈みもしない。
ただそこに浮遊している自分。
心地よいまどろみにも似たその感触は母胎内のような絶対的な安心感と温もりをもって、俺の全身を包み込んでいた。
「お兄ちゃん」
遠くから呼びかけるような深久の声がして、俺の身体は急速に浮上した。
奇妙に唐突な、覚醒が訪れる。
深久のその声には不安と焦りの色がにじんでいた。
「お兄ちゃん」
まぶたを開き、目の前の深久に焦点が合う。
泣き出しそうな顔。
俺は慌てて飛び起きた。
「どうした?調子でも悪くなったのか?」
「違うの・・・寝坊しちゃった」
柱の時計が9時少し前を指している。
「ああ・・・大丈夫だよ。それよりお前、起きて平気なのか?」
聞き返すと深久は戸惑いながら頷いた。
「もうだいぶ楽になったよ。ありがと、お兄ちゃん。でも仕事は?遅刻しちゃうよ」
「適当な理由つけて休むよ。それよりもう少し寝てろ。食欲あるなら何か作るし」
「自分で作れるよ。だからお仕事行ってきなよ」
「俺が休みたいから休むの。最初からそのつもりだったし」
無理矢理深久をベッドに寝かしつけ、リクエストされたコーンポタージュを枕元に運んでやった。
湯気の立つスープを口に運ぶ姿を見るとつい顔がほころんでしまう。
食べるってことは生きてることだな、と思う。
「どうしたの?」
それに気付き、深久が首をかしげた。
「何でもないよ」
「お兄ちゃんも何か食べてね?身体壊すよ?」
「ああ、後で食うよ。今はここにいたいんだ」
「食べづらいよ〜」
「お前そんなに繊細だっけ?」
「お兄ちゃんよりはね」
はいはい、と言いながら俺は立ち上がった。
「じゃあ着替えでもしてくるかな」
「うん。・・・ねえお兄ちゃん」
「何だー?」
出て行きかけのところを呼び止められ、俺は振り返った。
「私に遠慮しなくていいからね」
「何のことだよ?」
聞き返すと深久はスプーンを置いた。
「ちゃんと連絡くれるんだったら朝帰りでもいいよ?彼女と一緒だったんでしょ」
まっすぐ見つめてくる深久の視線が痛い。
彼女・・?そう呼ぶにはシェルター並みの厚い壁が何重にも遮る関係かもしれない、サキとは。
「そうじゃない。単に連絡できなかっただけだよ」
どういう状況で?とは聞いてこなかった。
けれどその瞳は全てを見抜いているように強く、眩しい。
「そう・・・でも、ほんとに。私のせいでデートもできなくなっちゃうもんね」
淡く微笑んで深久はスープの続きを食べ始めた。
お前より大切なものなんてない。
そう口に出してしまえればそんなに楽だろう?
俺は言葉にする代わりにもう一度深久のベッドの前に腰掛けた。
「あれ、着替えないの?」
「やっぱり見てるよ、ここで」
「もう食べ終わっちゃうよ?」
「いいんだ」
もう二度とサキに会うつもりはなかった。
思い知らされる。
本当に何をおいても手に入れたいものは何なのかを。
まだ本調子ではないようで、食べ終わるとすぐに深久はまた眠ってしまった。
その寝顔はあどけなくてあまりにも無防備で、吸い寄せられるように額にそっと口づける。
いつまでも触れていたい。
そう思う気持ちが止まらない。
前髪をそっとかきあげるようになでると、確かな温かみが指先を通して伝わってくる。
ここに存在している。
それだけでなんて安らかで、なんて愛しいのだろう。
自分の中にある穏やかでやわらかな気持ちにもまた、気付かされる。
共にいるだけで。
永遠に手に入れ続けることが叶わないのなら、せめてこの瞬間だけでも深久が欲しいと・・・心から願う。
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