鋭利な刃物

2003年5月5日
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「あ。いけね」
今日は来年用のパンフの写真を撮るから授業中カメラマンが行きますよって言われていたのをふと思い出した。
慌ててスーツに着替える。
深久を置いていくのは心配だったが、これはどうにもしようがない。
「あれ?やっぱり行くの?」
ばたばたした気配を感じて起きてしまったのだろう、ぼんやりした顔で深久が居間に来た。
「ごめん、抜けられない用事があったの忘れてたよ」
「いいよ、私は平気。かなり元気になったし」
「それでもちゃんと寝てるんだぞ?」
「はいはい。・・・まったくもう、心配性なんだから」
そういって深久がふわりと笑った。
切ないほどの愛おしさがこみ上げてくる。
「なるべく早く帰るから」
「うん、いってらっしゃい」

幸い講義には間に合った。朝のうちにやっておくべき仕事は昼休み返上で片付けてしまい何とか終わらせた。
最後の講義が終わって帰るぞと思ったとき、後ろかぽん、と肩を叩かれた。
沢木カナコだ。
「あ」
忘れていた。完全完璧に忘れていた。
今日のカナコとの約束。
「その顔・・・忘れてたでしょ?」
見事見抜かれ、俺は苦笑した。
「うん・・まあ聞くよ、人生相談。その前にちょっと電話させてくれる?」

建物の関係なのか、うちの予備校は電波が入らない。俺は煙草に火を点け、駐車場側の非常階段のドアから外に出た。
ダイアルしようと携帯を手にした瞬間、電話がかかってきた。
(はあい、早生ちゃん)
場違いなくらい陽気な声で俺をこう呼ぶのは本田しかいない。
「なんだよ」
(あ・・つれない言い方だねーご機嫌ななめかな?)
「いいから用件は?」
(傷つくなあ、それ・・まあいいや。ちょっと出て来れない?)
「無理」
(やっと繋がったのにそれはないよなあ。・・深久ちゃん絡みの話なんだけど、まあいっか。じゃ、また今度なー)
「ちょ・・ちょっと待てって。深久が何?」
(電話じゃな〜ちょっとい・え・な・い)
ふうう、と俺はため息をついた。
「わかった。こっちの用事終わったら電話する」
(うん。じゃあね)
何なんだ、一体?・・まあいい。
気持ちを切り替えて深久に電話した。
(あ、お兄ちゃんだ〜)
「どうだ、調子は」
(平気〜さっきハル君がお見舞いにきてくれたの。苺もらっちゃった)
それはそれは・・・むかつく話だ。
「あーよかったね。もう帰ったのか?」
(うん。おかゆの残りもちゃんと食べたよ)
「えらいえらい。・・ちょっと今日遅くなりそうなんだけど、大丈夫か?」
(・・・平気だよ?)
答える前のその一瞬の戸惑いが胸にくる。
今すぐ飛んで帰って抱きしめたくなってしまう。
「本田とちょっと話してくる。ちゃんと、帰るからさ」
(そんなに何度も言わなくても平気だよ?信じてるもん)
・・さり気なくプレッシャーだな。
でも、安心した。だいぶ元気になったようだ。
ハルがのこのこうちまで来たのは・・かなり腹立たしいが。
「せんせ、終わった〜?」
入り口付近からカナコが大声で呼びかけてきた。
「はいはい」

誰もいなくなった教室のドアを開け放ち、椅子に腰掛けて向かい合う。
「で、何?」
「せんせいの彼女って、やっぱりみくさんって人?」
いきなりの先制パンチに俺は息が止まってしまった。
気付かれないようにそっと息をはき、真面目な顔で答えを待つカナコを見る。
「だから、前にも言ったろ?妹だって」
「じゃあ強度のシスコン?さっきの電話、すごーく嬉しそうな顔してた」
「気のせいだろ?」
「ううん。わかるの」
そう言ったまま、カナコは机に両肘をついて手の上に顔をのせたままこちらを見ている。
「・・気のせいだよ」
煙草をくわえ、火をつけようとして、ここが禁煙なことに気がついた。
「せんせい、動揺してる」
意地悪く、カナコが言った。
「ほんとは朝帰りした相手のこと聞こうと思ってたの。あたしに入る余地はあるのかなって。でも今日わかったわ。あたしのライバルは、みくさんね?」

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