「隠ぺい工作」 こんなに怒ってるお兄ちゃんは・・・初めてかもしれない。
2003年5月10日ハル君が帰った後、私は飛び起きてカップの欠片を片付けた。
実はさっきから足も痛む。
見ると膝の辺りからパジャマが少し破れて血がにじんでいた。
座り込んだ時破片で切ってしまったようだ。
パジャマは急いで着替えて丸め、捨ててしまった。
お気に入りだったけれど仕方ない。
お兄ちゃんが心配するもんね。
手当てをして、気付かれないように長ズボンで隠す。
跡形もなく片付け終わった後でほっとひといきつくと、さっきのことが頭の中に蘇ってきた。
今思い出してもなぜあんなに気持ち悪かったのかが思い出せない。
もういいや・・封印しよう。
そう思って晩御飯の支度をしていると、お兄ちゃんから電話が掛かってきた。
お兄ちゃんの声を聞いた時、すごくすごくほっとした。
もうこの前みたいなことはしないって言ってくれたけど、やっぱりどこか不安で。
でもこうして電話をちゃんとくれるってのは気遣ってくれてるんだよね。
本田さん、やっぱりあの時の話をするのかな。
ありがたいけど・・でもそれより今はおにいちゃんのただいまって声が聞きたい。
一人でいるのが寂しくて、テレビのボリュームを上げてぼんやりと画面を眺めていた。
でも神経は玄関の方ばかり向いてた。
足音が聞こえるたびに耳をすませ、がっかりして。何度かそんなことを繰り返してるうち、かつかつと聞こえてきた音に私はすばやく反応してしまった。
この少し早足な革靴の音。
お兄ちゃんだ。
私は玄関に急いだ。
鍵を差し込む前に扉を開ける。
「わ、深久」
びっくりしたお兄ちゃんの声が嬉しくてつい得意げに笑ってしまった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
お兄ちゃんは笑顔で言った。優しい笑顔で。
「深久、お出迎えは嬉しいけどさ、もし知らない人だったらどうすんだよ?」
「平気。お兄ちゃんの足音聞き分けるのは自信あるもん」
「それもまあ・・嬉しいけどさ」
まんざらでもないような顔をしてまた笑った。
「ところでどう、具合は?」
「もうぜんっぜん平気」
「それはよかった」
ほっとした顔でお兄ちゃんはコートをハンガーに掛けてからしまい、ネクタイの結び目に指を入れてゆるめる。
私はその仕草がなんとなく好きだった。
外で縛られているしがらみを私の前だけでは解き放っている感じがして、嬉しくなってしまう。
「ところでさ・・」
ふと険しい顔をしてお兄ちゃんが言った。
「ハルは何頃帰ったの?」
どきりとしたのを顔に出さないよう細心の注意を払って私は取り繕う。
「えっとね、6時ごろかな。ほんとはデートの約束してたけどキャンセルしちゃったから心配してきてくれたの」
言いながらあの時の事を思い出しそうになる。
必死でそれを頭から追いやり、私は笑顔を作った。
「苺、すごく沢山だよ。食べる?」
「いや、いい」
お兄ちゃんは少し不機嫌そうだった。
前々から思ってたけど、お兄ちゃんはハル君のことがあんまりすきじゃないみたい。
あまりハル君との事を聞きたがらないような気がする。
デートの話も聞いてはくれるんだけど、時々どこか上の空な時があった。
話したくてしょうがない私の盛り上がりように引いてただけかもしれないけど。
「本田に怒られたよ」
「あ・・電話しちゃったの、私。勝手にごめんね?」
話が逸れたのでほっとして、私はソファに腰掛けた。
「いや、それはいいんだ。俺が悪かったことだから。反省してる。ごめんなさい。もうしない」
頭を勢い良く下げるお兄ちゃんがおかしくて、笑ってしまう。
「こんどやったら私もやるからね?」
「それは・・困る」
そう言った顔がほんとに困った顔だったので益々おかしくなってしまった。
お兄ちゃんって時々すごくかわいい。
「ねえもうやめようよ。それよりご飯は?食べてきた?」
そう言いながらソファの背もたれをつかんで立ち上がろうとした時、急にお兄ちゃんの顔が険しくなり、いきなり左腕をつかまれた。
え?と思って見た瞬間、青ざめてしまった。
はっきりと残る指の跡。
それはハル君に強くつかまれた時に刻まれたものだ。
「・・何かされたのか?」
怒りを含んだ声でお兄ちゃんが問いただした。
今まで一緒に暮らしてきて初めてだったかもしれない。
お父さん達に対して怒っていた時だってこんな顔は・・見たことがない。
「何かされたんだな、あいつに」
「違うの・・違う、これは・・」
巧い言い訳が思いつけず言いよどんでいる私にお兄ちゃんは畳み掛けるように言い放った。
「携帯貸せ」
「ちょっと待ってよ、違うの、これはそんなんじゃなくて・・」
「違わないだろ?」
ぴしゃりと断定され、私は言葉に詰まってしまった。
「こんな風にされたのは無理矢理だったからだろ?ふざけんなあいつぶんなぐってやる。早く貸せよ」
腕をつかまれたまま、私は動けなかった。
どうしよう。
本当に、このまま殴りこみにいきそうな気配だ。まさかこんな形でばれるなんて思ってもみなかった。
「待って、何もないよ。何もなかったの。
キスされただけ。心配しないで、ね?」
「・・・あげんなよ」
「え?」
よく聞こえなくて聞き返すとお兄ちゃんは私の手をぶんと振り払うように離すと勢い良く壁を叩いた。
その音の大きさに私は息を呑み、立ちすくんでしまう。
お兄ちゃんは目を瞑り、肩で2〜3回大きく息をした。それから低い、低い声でつぶやいた。
今まで聞いたことのないような声で。
「俺がいない時に部屋にあげるなよ。小学生の恋愛ごっこじゃねえんだ。そんなことすればどうなるかお前だってわかってるんだろ?・・・お前が承知の上なら俺は構わないよ。でもそうじゃないんだろ?」
「・・・うん、わかる。ごめんなさい」
そう・・私も考えが甘かったのかもしれない。
そんなこと考えもしないで部屋に上げたから。
ばかだ、私。
「・・・もういいよ。風呂入ってくる。お前は早く休めよ。風邪ぶりかえすぞ?」
視線を逸らしたままお兄ちゃんは言って、すぐに部屋から出て行ってしまった。
まだ、どきどきしてる。
いつもは穏やかなお兄ちゃんがあんなに怒るなんて。
でも、だからこそ、自分が悪かったんだなって素直に思える。
お兄ちゃんはほんとに私のこと心配してくれてるんだ。
ごめんなさい。
心の中でもう一度あやまって、私は自分の部屋に戻った。いつまでも緊張感がとまらずに、その夜はなかなか寝付けなかった。
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実はさっきから足も痛む。
見ると膝の辺りからパジャマが少し破れて血がにじんでいた。
座り込んだ時破片で切ってしまったようだ。
パジャマは急いで着替えて丸め、捨ててしまった。
お気に入りだったけれど仕方ない。
お兄ちゃんが心配するもんね。
手当てをして、気付かれないように長ズボンで隠す。
跡形もなく片付け終わった後でほっとひといきつくと、さっきのことが頭の中に蘇ってきた。
今思い出してもなぜあんなに気持ち悪かったのかが思い出せない。
もういいや・・封印しよう。
そう思って晩御飯の支度をしていると、お兄ちゃんから電話が掛かってきた。
お兄ちゃんの声を聞いた時、すごくすごくほっとした。
もうこの前みたいなことはしないって言ってくれたけど、やっぱりどこか不安で。
でもこうして電話をちゃんとくれるってのは気遣ってくれてるんだよね。
本田さん、やっぱりあの時の話をするのかな。
ありがたいけど・・でもそれより今はおにいちゃんのただいまって声が聞きたい。
一人でいるのが寂しくて、テレビのボリュームを上げてぼんやりと画面を眺めていた。
でも神経は玄関の方ばかり向いてた。
足音が聞こえるたびに耳をすませ、がっかりして。何度かそんなことを繰り返してるうち、かつかつと聞こえてきた音に私はすばやく反応してしまった。
この少し早足な革靴の音。
お兄ちゃんだ。
私は玄関に急いだ。
鍵を差し込む前に扉を開ける。
「わ、深久」
びっくりしたお兄ちゃんの声が嬉しくてつい得意げに笑ってしまった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
お兄ちゃんは笑顔で言った。優しい笑顔で。
「深久、お出迎えは嬉しいけどさ、もし知らない人だったらどうすんだよ?」
「平気。お兄ちゃんの足音聞き分けるのは自信あるもん」
「それもまあ・・嬉しいけどさ」
まんざらでもないような顔をしてまた笑った。
「ところでどう、具合は?」
「もうぜんっぜん平気」
「それはよかった」
ほっとした顔でお兄ちゃんはコートをハンガーに掛けてからしまい、ネクタイの結び目に指を入れてゆるめる。
私はその仕草がなんとなく好きだった。
外で縛られているしがらみを私の前だけでは解き放っている感じがして、嬉しくなってしまう。
「ところでさ・・」
ふと険しい顔をしてお兄ちゃんが言った。
「ハルは何頃帰ったの?」
どきりとしたのを顔に出さないよう細心の注意を払って私は取り繕う。
「えっとね、6時ごろかな。ほんとはデートの約束してたけどキャンセルしちゃったから心配してきてくれたの」
言いながらあの時の事を思い出しそうになる。
必死でそれを頭から追いやり、私は笑顔を作った。
「苺、すごく沢山だよ。食べる?」
「いや、いい」
お兄ちゃんは少し不機嫌そうだった。
前々から思ってたけど、お兄ちゃんはハル君のことがあんまりすきじゃないみたい。
あまりハル君との事を聞きたがらないような気がする。
デートの話も聞いてはくれるんだけど、時々どこか上の空な時があった。
話したくてしょうがない私の盛り上がりように引いてただけかもしれないけど。
「本田に怒られたよ」
「あ・・電話しちゃったの、私。勝手にごめんね?」
話が逸れたのでほっとして、私はソファに腰掛けた。
「いや、それはいいんだ。俺が悪かったことだから。反省してる。ごめんなさい。もうしない」
頭を勢い良く下げるお兄ちゃんがおかしくて、笑ってしまう。
「こんどやったら私もやるからね?」
「それは・・困る」
そう言った顔がほんとに困った顔だったので益々おかしくなってしまった。
お兄ちゃんって時々すごくかわいい。
「ねえもうやめようよ。それよりご飯は?食べてきた?」
そう言いながらソファの背もたれをつかんで立ち上がろうとした時、急にお兄ちゃんの顔が険しくなり、いきなり左腕をつかまれた。
え?と思って見た瞬間、青ざめてしまった。
はっきりと残る指の跡。
それはハル君に強くつかまれた時に刻まれたものだ。
「・・何かされたのか?」
怒りを含んだ声でお兄ちゃんが問いただした。
今まで一緒に暮らしてきて初めてだったかもしれない。
お父さん達に対して怒っていた時だってこんな顔は・・見たことがない。
「何かされたんだな、あいつに」
「違うの・・違う、これは・・」
巧い言い訳が思いつけず言いよどんでいる私にお兄ちゃんは畳み掛けるように言い放った。
「携帯貸せ」
「ちょっと待ってよ、違うの、これはそんなんじゃなくて・・」
「違わないだろ?」
ぴしゃりと断定され、私は言葉に詰まってしまった。
「こんな風にされたのは無理矢理だったからだろ?ふざけんなあいつぶんなぐってやる。早く貸せよ」
腕をつかまれたまま、私は動けなかった。
どうしよう。
本当に、このまま殴りこみにいきそうな気配だ。まさかこんな形でばれるなんて思ってもみなかった。
「待って、何もないよ。何もなかったの。
キスされただけ。心配しないで、ね?」
「・・・あげんなよ」
「え?」
よく聞こえなくて聞き返すとお兄ちゃんは私の手をぶんと振り払うように離すと勢い良く壁を叩いた。
その音の大きさに私は息を呑み、立ちすくんでしまう。
お兄ちゃんは目を瞑り、肩で2〜3回大きく息をした。それから低い、低い声でつぶやいた。
今まで聞いたことのないような声で。
「俺がいない時に部屋にあげるなよ。小学生の恋愛ごっこじゃねえんだ。そんなことすればどうなるかお前だってわかってるんだろ?・・・お前が承知の上なら俺は構わないよ。でもそうじゃないんだろ?」
「・・・うん、わかる。ごめんなさい」
そう・・私も考えが甘かったのかもしれない。
そんなこと考えもしないで部屋に上げたから。
ばかだ、私。
「・・・もういいよ。風呂入ってくる。お前は早く休めよ。風邪ぶりかえすぞ?」
視線を逸らしたままお兄ちゃんは言って、すぐに部屋から出て行ってしまった。
まだ、どきどきしてる。
いつもは穏やかなお兄ちゃんがあんなに怒るなんて。
でも、だからこそ、自分が悪かったんだなって素直に思える。
お兄ちゃんはほんとに私のこと心配してくれてるんだ。
ごめんなさい。
心の中でもう一度あやまって、私は自分の部屋に戻った。いつまでも緊張感がとまらずに、その夜はなかなか寝付けなかった。
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