(σ・∀・)σ50ゲッツ!

「お兄ちゃん、明日映画見に行かない?」
深久が言い出したのは土曜の夕方のことだった。
「今日バイトの友達に券もらったんだけど明日までなんだよね。私の好きなヒトが出てるやつ。すっごい嬉しいー。早く見たいな」
「なんで。ハルと見に行けばいいじゃん」
俺は内心喜びながらも複雑な心境で聞いてみた。
あれから深久がハルとどんな話をしたのかは聞いていない。
あえて聞かなかった。聞けばどうせ気になって眠れない夜が増えるだけなのだ。
「あー」
深久が顔をしかめた。
「なんだよ、またケンカ?」
「ううん。明日は部活って言ってたし」
「いいんだけど俺明日仕事なんだよね。新3年の統一模試の試験監督やらなきゃいけないんだ。
終わってからじゃ間に合わないし。友達と行ってこいよ」
ちょっともったいない気もする。本音を言えば仕事なんて休んでそっちを優先させたいぐらいだ。
でもまあそんな訳にもいかない。
すると深久が急に晴れやかな顔をした。
「そうだ。今日行けばいいじゃん」
「あ?今これから?」
「そ。早く支度してよー。多分最終回には間に合うわ」
「ええー俺腹減ったよ」
「ドライブスルー。」
断定的に深久が言い放つ。
「マック?まじ?」
「まじ。なによ、私とデートしたくないの?」
「・・・したいです。」
すっかり言いくるめられた俺は10分後にはハンドルを握り、ドライブスルーで注文していた。

「大体お前はいつも強引だよな」
「ええ?そんなことないよう」
「いっつもそんなんだからハルとケンカになるんだろ?」
俺がそう言うと、深久は指についたトマトソースを舐めながら笑顔でさらっと、お兄ちゃんには甘えちゃうんだよ、と言った。
思わずどきりとさせられる。
俺は右手だけをハンドルに残し、カップホルダーに置いたコーラに手を伸ばした。
道路は少し走るとすぐ信号につかまるぐらいのペースだが、渋滞というほどではない。
これなら7時からの回には間に合うだろう。
深久はカーラジオから流れ出した音楽にあ、と喜びの声をあげ、歌を口ずさむ。
そのメロディは何度かテレビのCMで聴いている。
出せば必ずヒットチャートに名前が乗る歌手のバラードだ。遠距離恋愛の恋人に向けた愛の歌。
ちらりとミラー越しに深久を見ると目が合った。
深久は歌い続けながらミラーの向こうで首を少しかしげてみせ、微笑んだ。
行き交う車のヘッドライトのほのかな明かりの中でさえその笑顔はやわらかく、泣き出したくなるほど甘い。
こいつは誰にでもこんな笑顔を振りまいてるんだろうか。
俺が意識を前に戻したときちょうどサビが終わりDJの声が入ったので、深久は歌うのをやめてしまった。
少し惜しい気がする。もうちょっとだけ聴いていたかった。
愛を囁かれてるみたいで心地よかったのに。
信号が赤になりブレーキを踏んだ。無意識にもう一度ミラーを見て、息をのんだ。
また深久と目が合った。
今度は笑顔はなかった。唇を真一文字に結び、こちらを見ている。
俺はゆっくりと助手席へ視線を移動させた。
深久もその視線をこちらに向けてくる。
見つめあったまま、ひとことも言葉が出ない。
喉の奥で詰まったように言葉が固まってしまっている。

いきなり後ろからぷあんとクラクションを鳴らされ、俺は我に返った。
信号がいつの間にか青になっている。
車を滑らせるように走り出させると、コトバも同じように滑らかに流れ出た。
「どうした、深久?」
何も、答えが返ってこない。
ちらりと横目で見ると今度はうつむいているようで、この角度からは表情が読み取れない。
それ以上何を言えばいいのかわからず、俺も黙ってしまった。
ラジオからは聴いたこともないバンドのメンバーが耳障りな声で笑い話を垂れ流している。
気に食わず、俺はスイッチをオフにした。

いきなり深海に放り込まれたみたいな静けさが訪れる。

時々どこかで鳴らされるクラクションや町の喧騒も深久の沈黙にかき消されてしまう。
「もう着くぞ」
「うん」
何なんだろう。
俺には解せなかった。いつも明るく笑い、話しかけてくるのに。いや、ついさっきまではそうだったのに。
「調子でも悪いのか?」
「ううん」
軽く首を振るとそのまま窓の外を見てしまう。
まるで拒絶されているみたいでちょっと傷つく。
無言のまま映画館の駐車場に止めると窓口に向かった。

映画は単調で、退屈だった。
深久のお気に入りの俳優も準主役級の冴えない役回りで、主役に滅茶苦茶に罵られていた。
ありきたりな展開も、使い古された反吐がでるような陳腐な台詞も最悪の部類だった。
この話のどこが全米ナンバーワンなんだ、と心の中で毒づいて俺は苦笑する。
座って10分で席を立ちたくなった映画など初めてだ。
ストーリーに集中できず、俺は深久を見た。
すると驚いたことに、深久は食い入るように画面を見つめている。
涙をたたえた瞳から、今にも雫がこぼれ落ちそうになっている。
やれやれ、と俺は思った。
どうして女の子はこういう悲恋ものに弱いんだろう?
エンドロールが流れ、ぽつりぽつりと周りが席を立ち始めても、深久はそのままだった。
延々と流れる音楽と人の名前の羅列を飽かず眺めている。
終わったことに気付いているのかさえ、疑問だった。
ENDの文字が浮かび上がり会場が明るくなると、ようやく深久は俺の方を向いて、感嘆のため息混じりに微笑んだ。
「泣いちゃったよ、私。来てよかった・・・」

それからの深久はせき止められていた河の水がほとばしるように言葉をあふれださせた。
事故渋滞にハマってしまい3キロ進むのに30分位かかっていたが、その間俺が喋ったのは全部集めても一分にも満たないだろう。
さっきの俳優のこと、そいつが今付き合っている女優の話、前に観た映画のストーリー、アメリカに留学している友人の話からテロの話、それにまつわるコメントをした大学の教授の話と、話題は際限なく広がり留まる事を知らない。
俺も遮ろうとは思わず、ただ相槌を打ちながら聴いていた。
実際面白い話だったし、何度か声を上げて笑ったり、感心したり、驚いたりもした。
けれど家が近づくにつれ深久の口数が目に見えて少なくなっていき、ついにはまた黙り込んでしまった。
「どうしたんだよ?今日の深久はなんかおかしいよ」
深久が生まれてから20年一緒にいて、こんなことはただの一度もなかった。
それなりにケンカもしたし一日口をきかない日だってあるにはあったが、ここ数年はそんな子供じみた喧嘩はしていない。
何より俺は心配だった。
自分との会話がそうさせているなら改めたいと思うし、何かあったのなら話くらいは聞いてやりたい。
そう口に出して聞いてみると、深久はそれには答えず真摯な瞳で俺に言った。
「お兄ちゃん、お願いがあるの」
「なんだよ?」
努めて明るく聞き返すと深久は言った。
「帰りたくないの」

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