(σ・∀・)σ32ゲッツ!

家を出て三日目の夜だった。
講義を終え、帰る支度をしている最中に携帯が鳴った。
「はあい、早生ちゃん」
相変わらずの陽気な声が飛び込んでくる。
「どうした?」
俺が聞き返すと思いがけない言葉が返ってきた。
「家出したんだって?」
「・・・耳が早いな」
「さっき早生ちゃんち寄ったら深久ちゃんがそう言ってたんだもん。捜索願を出してるんですけど、見つからないんです・・・」
「嘘だろ?」
「うん。早生ちゃんち行ったのはほんと。田舎のばあさんがリンゴ40個も送ってきちゃってさ・・どうすりゃいいのよコレ?って所に早生ちゃんの顔が浮かんだわけ。愛だろ?」
「他にさばける相手が浮かばなかったんだろ。・・・あ、ちょっと待ってて」
俺は手早く荷物をまとめるとお先に、と同僚講師たちに声を掛け、足早に教員室を出た。
建物の中は電波が悪いので駆け足で外に出た。
「悪い、仕事中だったんだ?」
「いや、いまちょうど終わった所だよ。今から飲むか?」
「リンゴ大食い大会でもいいぜ」
笑ったあと時間と場所を指定して俺は電話を切った。

「で、何なの早生ちゃん、家出のわけは。話しておくれ」
「わかってるくせに」
「やっぱりそういうこと?」
俺は目を伏せ焼酎の梅干を潰しながらああ、と答えた。
「・・・深久はどんな感じだった?」
「多分もう帰ってこないと思います、ってさ。どこにいるかもわからないって言うし。お前どこにいんの?」
「ここ」
「冗談はよせよ。女のところか?」
「いや・・駅前のウィークリーマンション」
「そんな近くにいるんだ」
「遠いよ」
「そりゃ今までに比べりゃ遠いさ・・・あ、すみません、中生追加お願いしまっす!」
焼き鳥をほおばりながら本田がそれにしても、とつぶやいた。
「オレにはわかんないなあ。家出する必要ないだろ、一線越えちゃったんだったらさあ・・・」
「越えてねえよ」
「え、何、越えてないの!?本田君びっくりだよ。益々家を出る理由がわかんないんですけどー」
「・・キスした」
「かーっ。純情だねえ。よくそれだけで耐えたねお前。偉いよ。あ、どうも」
店員が持ってきたビールを受け取り、その半分くらいを一気に飲み干して本田は言った。
「前に言ったろ?深久ちゃんは早生ちゃんの気持ちに気付いてるみたいだって」
「ああ」
「驚かなかったろ?」
「どうだろう・・・」
あの晩の事を思い出してみる。充分驚いてた気はするが。
「どっちにしろ家を出たってことは早生ちゃん、深久ちゃんを忘れるってことだろ」
「もちろん」
そうでなければこの痛みの意味がない。
切ないほどの寂しさを抱えてメールのレスを送ってくる深久の元に今すぐ飛んでいって抱きしめたいと何度思ったことか。
「もちろん・・・?そんな簡単に言えんのか、お前に」
「忘れるさ」
焼酎をあおり、空けてから熱燗を注文した。本田も同じものを追加する。
「だけど一番大切なことを無視してるぜ」
本田が俺に倣ってビールを一気に空ける。
答えない俺をちらりと横目で見て、空になったジョッキを指ではじいた。
あまりいい音ではなかった。
「わかってるんだろ、早生ちゃん。深久ちゃんの気持ちだよ」
「ああ、俺は逃げたんだ」
深久の反応が怖くて。絶対的に失う瞬間を迎えたくなくて。
メールでは当たり障りのない文面しか送ってよこさない。
目の前から消えた俺の事を責める言葉すら、ない。
その裏に隠された気持ちが読めなくて、俺は恐れ続けている。
「逃げた・・・ふん、そうだな。本当に最低だ。放り出すくらいならキスなんてしなきゃいい。今まで通り耐えりゃよかったじゃねえか。想いを貫けないんなら行動すんなよ。・・・そう思ってるんだろ、お前」
図星だった。
心の裡を見透かされたように。
ぎくりと固まる俺を見て本田はため息をついた。
深く、肺の中の空気を全て吐き出すくらい深く。
「あのな・・・」
この男にしては珍しく、重苦しく歯切れの悪い間合いで切り出した。
「今までお前には言わなかったけどさ。オレは・・・いいと思うよ。お前達は許されると思ってる」
俺が顔を上げると、そこには本田の真摯な表情があった。
「許される・・・?」
「ああ。兄妹であることを取り除いたら後には何が残るんだ?お互い求め合ってる者同士じゃんか。オレが深久ちゃんから感じ取れるのは嫌悪や否定じゃない。戸惑いと不安だ。この事態を説明して欲しがってた。誰よりも、お前にだ」
「・・・わかってるよ」
「わかってねえよ」
断定的に切り捨てて本田は言葉をつむいだ。
「わかってねえよ、お前は。頭っからありえないと思ってるだろうからオレも敢えて言わなかったけどな、深久ちゃんもお前のことが好きなんだよ」
何を言われたのか、判らなかった。
何秒間考え込んだだろう。たっぷり3回はその言葉を反芻した後、俺は自分の口が開いたままになっていることに気付き、慌てて閉めた。
唇も喉もからからに渇いていたが搾り出すように声がでた。
「・・・まさか」
うめいているように力のない声だと自分でも思うけれど、コントロールできない。
「あんなに近くにいたのに何も見えてなかったんだな、お前」
呆れるでもなく、からかうのでもない。
優しく穏やかな声で本田は言った。
「でも、あいつにはハルがいて・・・」
「ハル・・?ああ、あの子ザルみたいな小生意気なガキだろ?この前会ったよ。お兄ちゃんにはなれないカレシさんだ」
本田が楽しそうに人の悪い笑みを浮かべた。
「確かにハルとはケンカばかりしてるけど、あいつらは付き合ってて・・・」
「深久ちゃんはあのカレシ君にお兄ちゃん役をやらせてるのさ。けれどいかんせん、彼は力不足だ。深久ちゃんの求めるものを彼は提供できずケンカになる・・・考えてみりゃちょっとかわいそうな立場かもな、彼」
口調とは裏腹に、本田は歌うように愉しげ気だ。
「オレにはこう聞こえるぜ?どうしてこのヒトはお兄ちゃんじゃないんだろう・・?」
どくん、と心臓が音を立てて動き始めた。
本田の声がやたら遠くに聞こえる。
「まっとうに口説いてみろよ。世間様がどう言おうとオレがお前らを認めてやるよ。お前は充分苦しんだ。苦しんでる。もうそれは終わりにしていい頃だ。・・・すみません、熱燗まだ?」
通りかかった店員に本田が催促している間も、俺は一気に酔いが回ったかのようにぐるぐるしていた。
深久が、俺を・・・?そんなことが・・・

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