「最近覚えたキスの味」〜ずっとずっとこの腕の中にいたい〜
2003年6月8日(σ・∀・)σ60ゲッツ!
「こんな感じだったんだ」
わがままを言って、私はお兄ちゃんが暮らしているというウィークリーマンションに連れてきてもらった。
シンプルなワンルーム。
備え付けの正方形に近い冷蔵庫が電気コンロの下に納まっている。お皿と茶碗だけで一杯になってしまいそうなシンクは汚れがない。几帳面なお兄ちゃんらしいと思う。
壁に埋め込まれたクローゼットに、背の高いお兄ちゃんには窮屈そうなシングルベッド。床に直に置かれたノートパソコンと灰皿がささやかに生活を主張している。
「何にもないね、見事に」
「そうだな」
苦笑しながらクローゼットからハンガーを取り出し、お兄ちゃんは自分のジャケットと私のコートを掛けてしまいこんだ。
コンクリートの塊みたいな部屋だと思った。
「寒いだろ」
エアコンのスイッチを入れる。しばらくして心地よい暖かさがふわりと降りてくる。こんなに狭いならすぐ温まるだろう。
私はベッドの端に腰掛けた。
「お洗濯はどうしてるの?」
「コインランドリーが下にあるんだよ」
「ふうん」
「風呂が狭くてさ。湯船に浸かれないのが辛いね」
言いながらお兄ちゃんは私の向かいの辺り、床の上に座り込んでドアにもたれかかった。
襟元に指を差し込んでネクタイを緩めるあの仕草。
どきりとさせられる。
私は何気なく目を逸らして、物は増やさないのか聞いた。
「増やしてほしい?」
お兄ちゃんが意地悪く聞き返してくる。
「お兄ちゃんって時々すごおく性格悪いと思う」
少しにらみかえすとお兄ちゃんは笑った。
「必要最低限の生活も悪くないよ。どうせ帰ってきて寝るだけだし。仕事持ち帰った時は不便だけどさ」
言いながらお兄ちゃんが立ち上がり、私の傍まできた。
思わず息をのんで動きを止めてしまう。
お兄ちゃんは灰皿に手を伸ばし、煙草吸うよ、と言ってまた元の位置に座り込んだ。
「何緊張してんの?」
「だって男の人の部屋って初めてだし」
「ハルの家は?」
お兄ちゃんがくわえた煙草に火をつける。
一瞬その顔が白く染まる。
「あ・・・そっか」
ハルの部屋には何度か遊びに行ったことがある。
彼の部屋は、彼の好きなもので埋め尽くされていた。
最近挑戦し始めたギターが立てかけてあったり、学習机の上には読みかけのマンガ本が放り出されていたし、修学旅行のお土産のヘンな置物もあった。
卒業アルバムを頭つき合わせながら見ていて死ぬほど笑い転げたっけ。
思い出すと、胸がちょっと苦しかった。
そういえばこの部屋には、外とのつながりを感じさせられるものが何もない。
空気が凝縮されているような閉塞感が付きまとう。
ここでは多分お兄ちゃんもくつろげないだろう。
お兄ちゃんが煙を吐き出しながら顔をしかめたのでそうしたの?と聞いてみると、髪をくしゃりとかき混ぜながら横を向いた。
「ハルのことなんて思い出させたくないのにな。気になってるからつい聞いちゃうんだよ、俺」
思わずくすくす笑ってしまった。何てカワイイ人だろう。
私はベッドから立ち上がり、お兄ちゃんの隣に膝を抱えて座った。
「もしかして妬いてる?お兄ちゃん」
「うん」
「大丈夫よ。思い出すことがあっても、もうそこには戻らないから」
そっとお兄ちゃんの左腕に耳をつけるように寄り添って言った。
しんとした静けさが降りてくる。
煙草を吸い込む時に上下するお兄ちゃんの胸がすぐ隣にある。
お兄ちゃんはいつも、儀式を執り行うようにして煙草を吸う。
箱をすい、と持ち上げると手品のように一本だけが飛び出して、それをくわえるといつの間にか右手にはライターがある。
そして左手で囲いを作り、かしゃりと火をつける。
その一連の動作には無駄な隙や動きやまるでない。洗練されたダンスを見ているようだ。
左利きではないけれど、お兄ちゃんはいつも左の指に煙草をはさむ。
以前その理由を聞いたら仕事しながら吸う時に都合がいいんだって言ってたけど、今は私が左側にいるから右手ではさんでいる。
「お兄ちゃんっていつから吸ってたっけ?」
「さあ・・忘れた」
「気がついたらいつの間にかヘビースモーカーだったよね?」
「説教はナシだぜ。これでも減らしてんだ」
「じゃなくて・・・一本ちょうだい?」
何も言わずにお兄ちゃんは自分が手にしていたすいさしを私の口にくわえさせた。
少しだけ煙を吸い込んで、吐き出してみる。
けむい。が、メンソールの味がすいっと口の中に広がった。
この味は、知っている。最近覚えたキスの味だ。
「あ、結構平気かも」
「おいおい。お前まで吸い始めたら俺一生禁煙できないぜ?」
「する気ないクセに」
呆れて私は煙草をお兄ちゃんに返した。2回吸って、灰皿に押し込む。
「さて、送るよ」
平日は毎晩家に寄るようになってくれた。
夕食を食べて、たまに湯船に浸かって、夜中マンションに帰っていく。
泊まる事は絶対になかったけど、少しずつ家で過ごしてくれる時間が長くなっていくのが嬉しい。
日曜日は以前のように昼食と夕食を作ってくれたし、買い物にも一緒に行った。
ほとんど前と変わらない生活が戻ってきた。
たった一つを除いては。
おやすみって言う前のキス。
マンションへ帰るお兄ちゃんを見送るために玄関に出ると必ず抱き寄せられる。
このままさらわれてしまうんじゃないかと思うくらい、強く。
舌を絡めあうキスが泣きたいくらいの寂しさを甘い熱情に変えてしまう。
いつまでもいつまでも私のことを離そうとしないお兄ちゃんを、益々愛してるって感じてしまう・・・。
ずっとずっとこの腕の中にいたい。
その気持ちが日々高まっていくのが自分でもわかる。
だけど、ちょっと怖いとも思う。
多分自分は、まだ全てを覚悟していないんだと思う。
お兄ちゃんのことは大好き。だけど、キス以上に進むことを恐れている。
絶対的な一線を越えてしまうことで、兄妹の絆という特別さを失うことを恐れている。
お兄ちゃんはそれを感じ取ってるんだ、きっと。
でもこの微妙な空気が好きだった。
繋がりそうで繋がれない、渡れそうで渡れない危うい橋が二人の間には架かっている。
互いのポイントを探り合うその感触が愛しくて、今はまだ充分満たされている。
恋に、酔ってるのかもしれない。
★小説最初から読めるページあります。ライターの日記もかなりヤバいよ。多分。
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「こんな感じだったんだ」
わがままを言って、私はお兄ちゃんが暮らしているというウィークリーマンションに連れてきてもらった。
シンプルなワンルーム。
備え付けの正方形に近い冷蔵庫が電気コンロの下に納まっている。お皿と茶碗だけで一杯になってしまいそうなシンクは汚れがない。几帳面なお兄ちゃんらしいと思う。
壁に埋め込まれたクローゼットに、背の高いお兄ちゃんには窮屈そうなシングルベッド。床に直に置かれたノートパソコンと灰皿がささやかに生活を主張している。
「何にもないね、見事に」
「そうだな」
苦笑しながらクローゼットからハンガーを取り出し、お兄ちゃんは自分のジャケットと私のコートを掛けてしまいこんだ。
コンクリートの塊みたいな部屋だと思った。
「寒いだろ」
エアコンのスイッチを入れる。しばらくして心地よい暖かさがふわりと降りてくる。こんなに狭いならすぐ温まるだろう。
私はベッドの端に腰掛けた。
「お洗濯はどうしてるの?」
「コインランドリーが下にあるんだよ」
「ふうん」
「風呂が狭くてさ。湯船に浸かれないのが辛いね」
言いながらお兄ちゃんは私の向かいの辺り、床の上に座り込んでドアにもたれかかった。
襟元に指を差し込んでネクタイを緩めるあの仕草。
どきりとさせられる。
私は何気なく目を逸らして、物は増やさないのか聞いた。
「増やしてほしい?」
お兄ちゃんが意地悪く聞き返してくる。
「お兄ちゃんって時々すごおく性格悪いと思う」
少しにらみかえすとお兄ちゃんは笑った。
「必要最低限の生活も悪くないよ。どうせ帰ってきて寝るだけだし。仕事持ち帰った時は不便だけどさ」
言いながらお兄ちゃんが立ち上がり、私の傍まできた。
思わず息をのんで動きを止めてしまう。
お兄ちゃんは灰皿に手を伸ばし、煙草吸うよ、と言ってまた元の位置に座り込んだ。
「何緊張してんの?」
「だって男の人の部屋って初めてだし」
「ハルの家は?」
お兄ちゃんがくわえた煙草に火をつける。
一瞬その顔が白く染まる。
「あ・・・そっか」
ハルの部屋には何度か遊びに行ったことがある。
彼の部屋は、彼の好きなもので埋め尽くされていた。
最近挑戦し始めたギターが立てかけてあったり、学習机の上には読みかけのマンガ本が放り出されていたし、修学旅行のお土産のヘンな置物もあった。
卒業アルバムを頭つき合わせながら見ていて死ぬほど笑い転げたっけ。
思い出すと、胸がちょっと苦しかった。
そういえばこの部屋には、外とのつながりを感じさせられるものが何もない。
空気が凝縮されているような閉塞感が付きまとう。
ここでは多分お兄ちゃんもくつろげないだろう。
お兄ちゃんが煙を吐き出しながら顔をしかめたのでそうしたの?と聞いてみると、髪をくしゃりとかき混ぜながら横を向いた。
「ハルのことなんて思い出させたくないのにな。気になってるからつい聞いちゃうんだよ、俺」
思わずくすくす笑ってしまった。何てカワイイ人だろう。
私はベッドから立ち上がり、お兄ちゃんの隣に膝を抱えて座った。
「もしかして妬いてる?お兄ちゃん」
「うん」
「大丈夫よ。思い出すことがあっても、もうそこには戻らないから」
そっとお兄ちゃんの左腕に耳をつけるように寄り添って言った。
しんとした静けさが降りてくる。
煙草を吸い込む時に上下するお兄ちゃんの胸がすぐ隣にある。
お兄ちゃんはいつも、儀式を執り行うようにして煙草を吸う。
箱をすい、と持ち上げると手品のように一本だけが飛び出して、それをくわえるといつの間にか右手にはライターがある。
そして左手で囲いを作り、かしゃりと火をつける。
その一連の動作には無駄な隙や動きやまるでない。洗練されたダンスを見ているようだ。
左利きではないけれど、お兄ちゃんはいつも左の指に煙草をはさむ。
以前その理由を聞いたら仕事しながら吸う時に都合がいいんだって言ってたけど、今は私が左側にいるから右手ではさんでいる。
「お兄ちゃんっていつから吸ってたっけ?」
「さあ・・忘れた」
「気がついたらいつの間にかヘビースモーカーだったよね?」
「説教はナシだぜ。これでも減らしてんだ」
「じゃなくて・・・一本ちょうだい?」
何も言わずにお兄ちゃんは自分が手にしていたすいさしを私の口にくわえさせた。
少しだけ煙を吸い込んで、吐き出してみる。
けむい。が、メンソールの味がすいっと口の中に広がった。
この味は、知っている。最近覚えたキスの味だ。
「あ、結構平気かも」
「おいおい。お前まで吸い始めたら俺一生禁煙できないぜ?」
「する気ないクセに」
呆れて私は煙草をお兄ちゃんに返した。2回吸って、灰皿に押し込む。
「さて、送るよ」
平日は毎晩家に寄るようになってくれた。
夕食を食べて、たまに湯船に浸かって、夜中マンションに帰っていく。
泊まる事は絶対になかったけど、少しずつ家で過ごしてくれる時間が長くなっていくのが嬉しい。
日曜日は以前のように昼食と夕食を作ってくれたし、買い物にも一緒に行った。
ほとんど前と変わらない生活が戻ってきた。
たった一つを除いては。
おやすみって言う前のキス。
マンションへ帰るお兄ちゃんを見送るために玄関に出ると必ず抱き寄せられる。
このままさらわれてしまうんじゃないかと思うくらい、強く。
舌を絡めあうキスが泣きたいくらいの寂しさを甘い熱情に変えてしまう。
いつまでもいつまでも私のことを離そうとしないお兄ちゃんを、益々愛してるって感じてしまう・・・。
ずっとずっとこの腕の中にいたい。
その気持ちが日々高まっていくのが自分でもわかる。
だけど、ちょっと怖いとも思う。
多分自分は、まだ全てを覚悟していないんだと思う。
お兄ちゃんのことは大好き。だけど、キス以上に進むことを恐れている。
絶対的な一線を越えてしまうことで、兄妹の絆という特別さを失うことを恐れている。
お兄ちゃんはそれを感じ取ってるんだ、きっと。
でもこの微妙な空気が好きだった。
繋がりそうで繋がれない、渡れそうで渡れない危うい橋が二人の間には架かっている。
互いのポイントを探り合うその感触が愛しくて、今はまだ充分満たされている。
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