「遺伝子」〜俺と深久の起源〜
2003年6月14日(σ・∀・)σ51ゲッツ!
「こっちよ」
軽く手を挙げ、ゆっくりと母さんが近づいてきた。
脚を引きずるようにあるく。義足なのだ。
だけどそんなには違和感はない。
知らない人がみても気に留めるほどではない。
「お帰り」
俺は傍までいって荷物を受け取った。
浅黒く日焼けした頬と化粧っ気のないその姿は2年前に会った時とあまり変化がなかった。
強いて言えば髪が伸びたことくらいか。
「早生、あんた少し痩せたんじゃない?ちゃんとご飯食べてるの?」
「食ってるよ。母さんは・・また生傷が増えてるな」
「気のせいよ」
気のせいではない。
額から右の眉の下辺りにかけて長い切り傷の痕がある。
古いものではないらしく、細く一直線に伸びているそのラインはかさぶたになっている。
「深久は?一緒に来てくれると思ったのに」
「バイトが抜けられなかったんだよ。言っとくけど俺だって無理矢理休み入れてきたんだぜ?少しは感謝しろよ」
「ごめんごめん、ありがとね」
荷物を車に乗せると後部座席に母を乗せた。
「道込んでるの?」
「空港のそばはちょっとね。別に用事ないんだろ?」
「ないわ」
高速に合流する時点で長蛇の列ができている。
俺は煙草に火をつけ、少し窓を開けた。
「寒い?」
「かなりね。でもあっちも寒い時はあるわよ?」
俺はバックミラーでちらりと母の服装を見た。
この年代では珍しいかもしれない。
ナイロンのウインドブレーカーに濃い色のジーンズをはいている。
頭には使い込まれた革のキャップを被り、長く伸びた黒髪がひとつに束ねられている。
ちょっと見、少年のようだ。
今年で48だったか。若い方だと思う。
化粧しないのにかさついた印象はない。
むしろ健康的なオーラを放っている。
深久は最近母に似てきたな、と思う。
顔立ちそのものは俺のほうが母からの遺伝子を多く受け継いでいるだろう。
小さい頃からそっくりだと言われていた。
逆に深久は父親からくっきりとした二重と顔の輪郭をもらっている。
母はどちらかといえばクールビューティーで、深久は優しげな雰囲気で。
でも確実にその血を引いていることはわかる。
まっすぐに人を見る瞳と肉付きの薄いボディラインと外にエネルギーを放つ気質を受け継いでいるように俺には思える。
そしてそれはなかなか素敵なことだ。
「父さんに帰国の話は?」
連想が両親の方に傾いたせいでつい聞いてしまった。
答えはどうせわかりきっているのに。
「言う訳ないでしょ、関係ないもの。早生も言わないでよ!」
「そういうわけにもいかないよ。まがりなりにも夫婦だろ?そんなに嫌ならとっとと離婚しちゃえばいいんだよ」
俺は高速の流れに車を乗せながら煙草の灰を灰皿に落とした。
「ムリよ。あの世間体しか気にしない男はバツイチなんてリレキ背負う気さらさらないんだから。下らない見栄張っちゃって、バカよね。離婚の話だって何度したか数え切れない。どももうムダだってわかってるから顔見るのも嫌。声も聞きたくない」
「家裁に申し立てればいいじゃん。調停してもらえば」
「いいわよもう。こうなったら遺産がっぽりもらって一生好きなことだけやって暮らすわ。私のほうが長生きしてやるもんね」
癌みたい、なんていっておきながらこの言い草に俺は笑ってしまった。
俺から見れば母の方だって十分好き放題やっているように見えるし男性と出て行ったことに変わりはない。
言うなれば同じ穴のムジナだ。
それでも母のことを憎むまでいかないのはこの開けっぴろげで子供っぽい性格のせいかもしれない。
そしてその大部分は、深久へと通じている。
「こんな話やめましょうよ。それより早生、仕事の方はどうなの?」
「順調だよ。別に何のトラブルもないし俺の受け持ったクラスは合格率も悪くない。取り敢えず来年も安泰だろうね。母さんは?」
「あんたどうせ知らないでしょうけど、私この前賞とったのよ?」
「へえ、何の?」
「アメリカの新聞の報道部門賞で大賞よ」
少し得意げに母はシートで背を反り返らせる。
「そりゃ凄いね。相変わらず金にならない仕事してるんだ」
「あ、今バカにしたでしょ?道楽だけでやってると思ったでしょ?」
「いや、そうじゃなくてさ、金目当てじゃないのはカッコイイっていったんだよ」
「そうよ、お金が絡むとレンズが曇るのよ」
俺は煙草を灰皿にねじ込むと窓を閉めた。
「そうは言うけどプロのカメラマン達だっていいもの撮ってるだろ?あれは金がらみじゃないの?」
「ばかね、プロはプロで高い意識でやってんのよ?食べるために仕事はあるんだもの。大抵の人にとってはね」
「なんで母さんはプロになろうと思わなかったの?」
「だって撮りたくないものまで撮らなきゃいけないじゃない。そういうしがらみ嫌いなの」
「母さんらしいよ」
言いながら俺は思った。自分達の小さい頃の写真がほとんど残っていないのは”撮りたくないもの”だったからだろうか。
小さく、傷つく。
けれどそれを口にはしなかった。
母に対して親らしい愛情や母性を求めるのはとっくにあきらめた。
それに俺たちを放任したこの親が今更赤ん坊時代の写真を何枚も持ち出してきたら気持ち悪いだけだ。
「そういえばカレシはどうしたんだよ?一緒にくるもんだと思ってた」
「仕事あるもの。私みたいに休みたい時に休めるって訳じゃないし」
「ふうん。心配じゃないのかな?」
「バカね、心配されたに決まってるじゃない。どうして行くんだって泣きつかれたわよ」
「それでも押し切って来たんだ」
「すぐ帰るつもりだしね」
「あ?こっちで入院するんじゃないのかよ?」
俺が驚いて言うと母は笑い飛ばした。
「そんなわけないでしょ?冗談じゃないわよ。この国にはあのオトコがいるじゃないの。同じ空気吸いたくないわ。せいぜい一週間で帰らせてもらう」
「だって・・検査の結果次第ではそうもいかないだろ?」
あっけにとられて俺が尋ねると母は何言ってんの、という顔をしてコチラを見た。
「たとえ余命三ヶ月って言われたとしても、私はベッドの上で死ぬつもりないわよ」
俺は苦笑してそうだよな、と思った。
このひとは、そういうひとだ。
片足吹っ飛ばされたってカメラだけは手放さないんだから。
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「こっちよ」
軽く手を挙げ、ゆっくりと母さんが近づいてきた。
脚を引きずるようにあるく。義足なのだ。
だけどそんなには違和感はない。
知らない人がみても気に留めるほどではない。
「お帰り」
俺は傍までいって荷物を受け取った。
浅黒く日焼けした頬と化粧っ気のないその姿は2年前に会った時とあまり変化がなかった。
強いて言えば髪が伸びたことくらいか。
「早生、あんた少し痩せたんじゃない?ちゃんとご飯食べてるの?」
「食ってるよ。母さんは・・また生傷が増えてるな」
「気のせいよ」
気のせいではない。
額から右の眉の下辺りにかけて長い切り傷の痕がある。
古いものではないらしく、細く一直線に伸びているそのラインはかさぶたになっている。
「深久は?一緒に来てくれると思ったのに」
「バイトが抜けられなかったんだよ。言っとくけど俺だって無理矢理休み入れてきたんだぜ?少しは感謝しろよ」
「ごめんごめん、ありがとね」
荷物を車に乗せると後部座席に母を乗せた。
「道込んでるの?」
「空港のそばはちょっとね。別に用事ないんだろ?」
「ないわ」
高速に合流する時点で長蛇の列ができている。
俺は煙草に火をつけ、少し窓を開けた。
「寒い?」
「かなりね。でもあっちも寒い時はあるわよ?」
俺はバックミラーでちらりと母の服装を見た。
この年代では珍しいかもしれない。
ナイロンのウインドブレーカーに濃い色のジーンズをはいている。
頭には使い込まれた革のキャップを被り、長く伸びた黒髪がひとつに束ねられている。
ちょっと見、少年のようだ。
今年で48だったか。若い方だと思う。
化粧しないのにかさついた印象はない。
むしろ健康的なオーラを放っている。
深久は最近母に似てきたな、と思う。
顔立ちそのものは俺のほうが母からの遺伝子を多く受け継いでいるだろう。
小さい頃からそっくりだと言われていた。
逆に深久は父親からくっきりとした二重と顔の輪郭をもらっている。
母はどちらかといえばクールビューティーで、深久は優しげな雰囲気で。
でも確実にその血を引いていることはわかる。
まっすぐに人を見る瞳と肉付きの薄いボディラインと外にエネルギーを放つ気質を受け継いでいるように俺には思える。
そしてそれはなかなか素敵なことだ。
「父さんに帰国の話は?」
連想が両親の方に傾いたせいでつい聞いてしまった。
答えはどうせわかりきっているのに。
「言う訳ないでしょ、関係ないもの。早生も言わないでよ!」
「そういうわけにもいかないよ。まがりなりにも夫婦だろ?そんなに嫌ならとっとと離婚しちゃえばいいんだよ」
俺は高速の流れに車を乗せながら煙草の灰を灰皿に落とした。
「ムリよ。あの世間体しか気にしない男はバツイチなんてリレキ背負う気さらさらないんだから。下らない見栄張っちゃって、バカよね。離婚の話だって何度したか数え切れない。どももうムダだってわかってるから顔見るのも嫌。声も聞きたくない」
「家裁に申し立てればいいじゃん。調停してもらえば」
「いいわよもう。こうなったら遺産がっぽりもらって一生好きなことだけやって暮らすわ。私のほうが長生きしてやるもんね」
癌みたい、なんていっておきながらこの言い草に俺は笑ってしまった。
俺から見れば母の方だって十分好き放題やっているように見えるし男性と出て行ったことに変わりはない。
言うなれば同じ穴のムジナだ。
それでも母のことを憎むまでいかないのはこの開けっぴろげで子供っぽい性格のせいかもしれない。
そしてその大部分は、深久へと通じている。
「こんな話やめましょうよ。それより早生、仕事の方はどうなの?」
「順調だよ。別に何のトラブルもないし俺の受け持ったクラスは合格率も悪くない。取り敢えず来年も安泰だろうね。母さんは?」
「あんたどうせ知らないでしょうけど、私この前賞とったのよ?」
「へえ、何の?」
「アメリカの新聞の報道部門賞で大賞よ」
少し得意げに母はシートで背を反り返らせる。
「そりゃ凄いね。相変わらず金にならない仕事してるんだ」
「あ、今バカにしたでしょ?道楽だけでやってると思ったでしょ?」
「いや、そうじゃなくてさ、金目当てじゃないのはカッコイイっていったんだよ」
「そうよ、お金が絡むとレンズが曇るのよ」
俺は煙草を灰皿にねじ込むと窓を閉めた。
「そうは言うけどプロのカメラマン達だっていいもの撮ってるだろ?あれは金がらみじゃないの?」
「ばかね、プロはプロで高い意識でやってんのよ?食べるために仕事はあるんだもの。大抵の人にとってはね」
「なんで母さんはプロになろうと思わなかったの?」
「だって撮りたくないものまで撮らなきゃいけないじゃない。そういうしがらみ嫌いなの」
「母さんらしいよ」
言いながら俺は思った。自分達の小さい頃の写真がほとんど残っていないのは”撮りたくないもの”だったからだろうか。
小さく、傷つく。
けれどそれを口にはしなかった。
母に対して親らしい愛情や母性を求めるのはとっくにあきらめた。
それに俺たちを放任したこの親が今更赤ん坊時代の写真を何枚も持ち出してきたら気持ち悪いだけだ。
「そういえばカレシはどうしたんだよ?一緒にくるもんだと思ってた」
「仕事あるもの。私みたいに休みたい時に休めるって訳じゃないし」
「ふうん。心配じゃないのかな?」
「バカね、心配されたに決まってるじゃない。どうして行くんだって泣きつかれたわよ」
「それでも押し切って来たんだ」
「すぐ帰るつもりだしね」
「あ?こっちで入院するんじゃないのかよ?」
俺が驚いて言うと母は笑い飛ばした。
「そんなわけないでしょ?冗談じゃないわよ。この国にはあのオトコがいるじゃないの。同じ空気吸いたくないわ。せいぜい一週間で帰らせてもらう」
「だって・・検査の結果次第ではそうもいかないだろ?」
あっけにとられて俺が尋ねると母は何言ってんの、という顔をしてコチラを見た。
「たとえ余命三ヶ月って言われたとしても、私はベッドの上で死ぬつもりないわよ」
俺は苦笑してそうだよな、と思った。
このひとは、そういうひとだ。
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