(σ・∀・)σ44ゲッツ! ★つぶさんお気に入り嬉しいよん!サンクス★

空気が緩んできた。
春だなあと思う。
時折強い突風が吹き、春一番なのかなと感じながら降り注ぐ日差しの暖かさを全身で享受し、また春だなあと思う。

お母さんを空港まで送っていった帰り道、お兄ちゃんに少し寄り道していこうと誘われたので千葉の海まで出た。
海岸近くに車を止めて今、冬の海を並んで眺めている。
風が強いせいで波が少し高い。
この寒いのに幾人かのサーファーが果敢に波に乗ろうと立ち向かっている。
「お兄ちゃんは海が好きね」
「ああ」
短く答えてからまたお兄ちゃんは黙って海を眺め続けた。

お母さんが滞在していた一週間で、お兄ちゃんは少し変わったと思う。
お母さんに対する角が取れたというか・・・丸くなったような気がする。
笑顔を惜しげなく見せる様になったし、別れるときは切ないような表情をしていた。
お兄ちゃんはお兄ちゃんなりにお母さんを失うことが辛いんだろうな。
そう思って敢えて触れなかったけど。

千葉の海は横浜に比べると段違いに美しい。
生きているって感じがする。
光を跳ね返してきらめく波。
その奥に沢山の生命の存在が感じられる。
横浜の淀んだ海は永遠に同じ水が循環しているような閉じられた気配があるけれど、ここにそれはない。
ずっと海に向き合ったまま動かないお兄ちゃんを残し、私は海岸線を少しぶらつくことにした。
後ろで手を組んでゆらり歩いていると犬の散歩をしている若い夫婦とすれ違う。
いいなあ。ふとそう思った。
中学生の頃、ゴールデンレトリーバーを飼っていた。女の子なのに茂君って名前で。
海に連れてきたことがあったっけ。
棒切れを投げるとわふんって飛びついて持って帰ってくるその仕草をほめたら何度も何度も繰り返し取ってきたっけ・・・。
茂君との思い出は切ないけれど不快ではない。
優しく濡れた瞳と得意げに棒を私の前に持ってきて頭を撫でられるのを待つ姿は、今もありありと浮かび上がる。
思い出したらなんだか寂しくなってしまい、またぶらぶらとお兄ちゃんの所に戻ってきてしまった。
相変わらずぼんやりしているお兄ちゃんのコートの裾をつまみ、見上げてみた。
「何考えてるの?」
「いや・・・」
また言葉少なに波を見ている。
「お兄ちゃんは海が好きね」
わざと同じ質問。
するとお兄ちゃんはようやくこっちを見て微笑んだ。
「さっきも聞いたぞ、それ」
「上の空かと思ったらちゃんと聞いてるのね」
「ごめんごめん、聞いてるよ。俺にとって海は・・・トクベツなんだ」
「何が?」
「初めて自覚したのは海だ」
「・・・?どういう意味?」
いやに哲学的。
「いや・・いいんだ。とにかくあらゆる転機が海と共に訪れるんだ。だから俺は海が好き」
「ふうん。そう?」
わかったようなわからないような。
「じゃあお兄ちゃん、今日こうしてここにいることも何かの転機?」
「・・・さあ?」
苦笑しながらお兄ちゃんは煙草に火をつけようと何度かライターをすり合わせた。
やっと点火した煙草の煙をしかめつらで吸い込んでからお兄ちゃんはまた海を見る。
「なあ深久」
「なあに?」
ふいにお兄ちゃんが呼びかけてきたのに答えたけれど、その先を口にしない。
どこかに小学校でもあるのだろうか、子供達の歓声が風に乗って聞こえてきた。
波の音がそれをかき消す。
いつまでも黙り込んでいるお兄ちゃんを促すことはせず、私も海を眺めた。

こういう時間は久しぶりだ。
何かをしなければならないという気負いもない。
ただ、流れていく時間。
日常の中に組み込まれていくことのない、特別な時間。・・・トクベツ?
もしかしたら、お兄ちゃんはそのことをいいたかったのかな。

たっぷり5分は経っただろうか。
とっくに短くなった吸殻を携帯灰皿に押し込んでからお兄ちゃんが私を見つめた。
私もつられて見つめ返す。
少し首をかしげて何?とゼスチャーで示すとお兄ちゃんも首をかしげた。
ちょっとだけ笑って真似しないでよ、と言ったらお兄ちゃんも笑った。
「行こうか」

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