2つのコーヒーを両手に持ったまま慎重に階段を上がり、僕はドアの前で小さな声で「さくら姉、開けて」と呼びかけた。
深夜に階下で寝ている両親を起こすのは忍びない、そんな言い訳めいた思いが頭を横切ったけれど、本心は誰にも邪魔されずにさくらを・・・夜のさくらを独占したいというヨコシマな願望以外の何者でもなかった。
そっとドアが開けられ、顔を出したさくらにぶっきらぼうにコーヒーを手渡した。
「ありがと、シンちゃん」
そう言って微笑むさくらを衝動的に抱き締めてしまいそうになる自分を必死で抑えて、僕はドアを閉めようとした、けど、さくらは手招きをした。
「一緒に飲まない?新しく買ったCD聴きながら勉強してたの」
そういうさくらの無邪気な口調は僕のやましさを真っ白に塗り替えてしまうほど何の裏も警戒もなくて、悔しいような嬉しいような複雑な気分で僕はさくらの部屋へ、するりと入ってしまっていた。

「何を聴いてるの?」
湯気の上がるコーヒーをすすりながらさくらに聞いてみる。
流れてくる音楽は僕の知らない洋楽だった。
黙って渡されたジャケットには風景だけが写されている。
高く澄み渡るような女性ボーカルの歌声は、さくらのイメージに似つかわしく透明感があふれている。
民俗音楽調のような賛美歌のような、オペラのアリアにも似ているその旋律は僕の欲望とは相容れぬ和みだ。
「綺麗な、声でしょう?」
嬉しそうにさくらが言った。
「友達がさくらのイメージにぴったりだよ、って教えてくれたんだけど・・・」
照れたように頬を赤らめるさくらをかわいいと、思う。
でもあまりにも清浄なイメージすぎて、僕の汚さを拒否られてるように感じてしまうのは、僕がひねくれてるせいなんだろうか?
何も言わない僕を気にもせずに、さくらはコーヒーを半分くらい飲んでから「暑くなっちゃった」って言いながら、羽織っていたカーディガンを脱いで部屋着になった。
とたんに居心地が悪くなる。

フリルが少しだけついた長めのワンピースに似たその服は、さくらが一年前くらいから気に入ってる寝巻き代わりのもので、ふくらはぎの半分くらいまでを隠し、袖は長すぎて指先しか見えないくらいまですっぽりとさくらを覆い隠してしまう。
その中にしまいこまれている、さくらの「女」の部分。
隠されれば隠されるほど、掻き立てられる興味。
まくりあげて硬く尖った乳首を舌で転がす妄想がふいに浮かび、僕はさくらから目をそらした。

目のやり場を探しているうち、さくらのベッドの上に投げ出されている携帯にふと、止まった。
「さくら、携帯光ってるよ」
「あ・・・」
慌てたようにベッドに駆け寄り、愛しそうにフリップを開く。
僕の胸は急速にざわついた。

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